東京のど真ん中に富士山がいくつもある
高さ6〜15mの人工の富士山。登れる日が決まっている塚も多い。
東京の神社を歩いていると、境内の一角に黒い岩で覆われた小さな丘があるのに気づく。たいていは素通りされる。案内板は日本語だけで、観光地図にもほとんど載らないからだ。
これが富士塚である。富士山を模して築かれた人工の山だ。
なぜ築いたのか
江戸時代に富士講という信仰の集まりが流行した。富士山に登拝する組織だが、実際に行くには時間も金もかかる。庶民の多くは生涯一度も行けなかった。
そこで代表者が富士山に登り、溶岩を背負って持ち帰り、地元の神社に小さな富士山を築いた。ここに登れば本物の富士山に登ったのと同じご利益があるとされた。
東京23区内だけで数十基が残る。その代表格の七基を江戸七富士と呼ぶ。
最も古いもの — 千駄ヶ谷富士
渋谷区の鳩森八幡神社の境内にある。1789年(寛政元年)の築造で、都内に現存する富士塚では最古。東京都指定有形民俗文化財である。
高さは約6m。頂上まで1〜2分で登れる。だがこの短い道に、本物の富士山の要素が凝縮されている。
- 二合目に里宮、頂上に奥宮 — 実際の富士山の配置そのままだ
- 七合目の脇に烏帽子岩を再現 — 富士講の指導者・食行身禄が断食の末に入定した場所である
- 頂上付近は富士山から実際に運んだ黒い溶岩で覆われている
- 前方に池 — 富士山麓の「富士八海」に見立てたもので、江戸の富士塚の基本様式だ
登山道と下山道が分かれている。幅30cmほどと狭く、すれ違えないためだ。青が登り、赤が下りの表示になっている。
ここは常時開放。境内には24時間入れる。
最も高いもの — 品川富士
品川神社の境内。高さ約15mで都内最大。築造は江戸ではなく明治2年(1869年)から5年にかけてで、1922年の国道建設に伴い現在地へ移築された。
ここは難易度が違う。一合目から五合目までは階段で楽だが、六合目から傾斜が急になる。足場が悪く、鎖をつかんで登る区間がある。
頂上からは京急電車が走るのが見え、その先が旧東海道、かつての品川宿である。石碑に「富士山遥拝所」と記されているのは、以前ここから本物の富士山が見えたということだ。
ここで旅行者が無駄足を踏む
富士塚には常時登れるものと、そうでないものが混在している。これが最も重要な情報なのに、どの案内書にも整理されていない。
常時登拝できる
- 千駄ヶ谷富士(渋谷区・鳩森八幡神社)— 境内24時間
- 品川富士(品川区・品川神社)— 通年
日が決まっている
- 下谷坂本富士(台東区・小野照崎神社)— 6月30日と7月1日の二日だけ
- 江古田富士(練馬区)— 普段は柵で閉じられ、特定日のみ開放
1839年築造、高さ8m。普段は柵の外から眺め、決められた日だけ登れる。
日を確かめずに行くと柵の外から眺めて帰ることになる。とりわけ下谷坂本富士は年に二日だけなので、その日を外すと手立てがない。
登るときの要領
- 靴 — 短いが実際の岩を踏む。雨の後は滑る。サンダルやヒールは避ける
- 一方通行 — 道が狭く、登りと下りが分かれている塚が多い。表示に従う
- 譲り合い — すれ違うときは一方が広い場所まで下がる。それがここの作法だ
- 参拝の順 — 里宮で無事を祈ってから登るのが慣例
- 所要 — 千駄ヶ谷1〜2分、品川2〜3分。神社全体を見て30〜40分
富士塚は観光地として整備された場所ではない。今も地元の人が参拝する場所である。頂上で手を合わせている人がいたら、カメラを一度下ろすほうがよい。
日程や開放の有無は変わることがあります。訪問前に神社の公式情報をご確認ください。